夜の練習のお供に・・・

今夜は営業後に練習!

珍しくポカリスエットを買ってみました。


運動中のポカリスエットって地味に甘すぎるので、練習前に甘い一口を飲んだらあとは減った分を水で徐々に薄めて飲んでいくのが好きです。貧乏くさいですね。
僕とポカリスエットの出会いは、たしか小学校低学年、上海日本人学校での事でした。

日本人の友達が水筒に入れて来たのを一口もらって衝撃を受けたのを覚えています。

え、ジュースじゃん!学校にジュース持って来たらだめじゃん!え、スポーツドリンクだからいいの?スポーツドリンクってなに?脱法ドラッグみたいなこと?

早速帰って母にポカリ買って!ポカリ学校に持っていきたい!とねだったのですが、

しかし、90年代同時の上海にはまだそういった日本の「物資」は少なく、父が仕事で日本へ一時帰国した時に買って来てもらうか、古北新区の新鮮館という日本の食品を売っているお店ぐらいでしか入手できません。

小学生男子にとってクラスメイトと同じ物を持つ事がいかに価値があるかは例によって親にはわかってもらえず、なんでわざわざそんな高いジュース買うの!ジュースじゃなくてスポーツドリンク?あんたスポーツほとんどしないでしょうが!と強めに拒否されてしまいました。

当時の中国は今と違って物価がとても安く、その上新鮮館の物資は輸入品なので日本と比べてもやや割高。普段、スーパーだけでなく裏路地の合法なんだか違法なんだかわからない市場でも夕飯の買い物をする生粋の上海人である母からすれば、余計に高く感じたのでしょう。

僕を含めた中国人とのハーフの子達は、そんな感じで特に買ってもらえない事が多かったりしたので、多数派の「買ってもらえる日本人の子達」の輪に入り辛い同士、同じグループでつるんでいる事が多かったです。

そんなゲトーな小学生生活を送っていたのですがある日のこと、同じ中国人とのハーフでマイメンの佐藤くんがなんと学校にポカリを持って来たと言うのです!!

こいつ・・・どんな手を使った?お父さんが一時帰国するなんて話は聞いていなかったぞ。まさか、お母さんを懐柔したのか?しかしどうやって・・・

佐藤くんのペットボトルに入っているのは確かに白く濁ったポカリ。

一口ちょうだい!とお願いするのですが、何故か佐藤くんは頑なに飲ませてくれません。

確かに日本のポカリは僕たち社会主義キッズからすればとても貴重なものだけど、同志なんだから一口ぐらいいいじゃん!と根気強くお願いしてやっと飲ませてくれる事になりました。そうしたら、なんと!
「これポカリじゃないじゃん!」
なんと、佐藤くんがポカリと称していたブツは、梨を潰した自家製梨ジュースだったのです!!(しかも常温の)

なんだか仲間に嘘をつかれた事に対する怒りと、そうまでしてポカリを持って来たと言い張りたい佐藤くんの気持ちへの共感と同情が入り混じった複雑な心境になり、それ以来佐藤くんとはあまりつるまなくなってしまいました。
いやー懐かしいなあ。

あれ、なんか、目から電解質が・・・

今週も試合!練習がんばるぞー!

安達でした。

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